ビジネスエコシステムを統べる者がグローバルを制する

メタナショナル時代のグローバル戦略とは何か<1>

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ビジネスエコシステム間競争の始まり

 ゲームのルールが変わっているわけですね。

 スマートフォン市場でiPhoneとアンドロイド陣営がグローバルでしのぎを削り合っていますが、これからのグローバル戦略を考えるうえで格好の事例です。その勝敗の行方はともかく、両者ともにグローバルな規模の経済と比較優位の両方を獲得しています。ただし、優れた製品を開発したからというより、どちらも優れた「ビジネスエコシステム」(生態系(注2))をつくり上げたからです。ビジネスエコシステムは、特定の製品や技術の「プラットフォーム」を核にして、さまざまな業種や業態のプレーヤーが集まる、相互依存性の高いオープンな企業グループ、と表現できます。

注2)
多様な企業間の協働的ネットワークを生態的メタファー(隠喩)によって説明した概念。James F. Moore, “Predators and Prey: A New Ecology of Competition,” Harvard Business Review, May–June 1993.(邦訳「企業“生態系”4つの発展段階」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』1993年9月号)を参照。

 自然界の生態系には、「中枢種」あるいは「キーストーン種」と呼ばれる、生態系全体に大きな影響を及ぼす生命体がいるものですが、ビジネスエコシステムでもそうなのでしょうか。

 プラットフォームを提供しているプレーヤーが「キーストーン企業」であり、多くの場合、そのビジネスエコシステムの統治者です。スマートフォンでは、言うまでもなくアップルであり、グーグルです。そして彼らを中心に、通信キャリア、メディア、アプリ開発者、ゲームメーカー、アクセサリーなどの周辺機器メーカー、決済を処理する金融サービス会社など、補完的な製品やサービスを提供する「コンプリメンター企業」(補完的企業)が世界中から寄り集まっています。

 アップルにしてもグーグルにしても、各国のニーズを調べたりする必要はありません。いろいろな国のコンプリメンター企業が、さまざまな個別ニーズに“勝手に”対応してくれるからです。極論すれば、アップルとグーグルは言語対応だけすれば事足りるわけです。

 また、コンプリメンター企業の数は、そのビジネスエコシステムの魅力度や競争力を表しています。つまり、優れたビジネスエコシステムは、たくさんの企業で賑わっているのです。ただし、コンプリメンター企業たちは、儲けた利益の一部を統治者に還元しなければなりません。ですから、eコマースサイトやSNSなどのエコシステムで顕著ですが、統治者は、コンプリメンター企業を増やし、彼らが儲かるように行動することで、みずからも利益にあずかれるわけです。

 グローバルなビジネスエコシステムでは、統治者が手を下さなくとも、誰かが勝手にローカル化やカスタマイズ化をやってくれるわけですね。すると、ハイテクコモディティの世界では、もはやグローカリゼーションなど無意味であると。

 優れた技術やノウハウの寿命は極めて短くなっています。このことをひるがえせば、企業間競争から、ビジネスエコシステム間、あるいはプラットフォーム間の競争に変わっているといえます。

 ノキアは、かつて世界最大の携帯電話端末メーカーでした(2009年の世界シェアは38・9%)。しかし、iPhoneやアンドロイド端末の登場で、あっという間にシェアが半減します(2012年は19・3%)。2013年には携帯電話端末事業をマイクロソフトに売却し、通信インフラ事業にシフトしました。当時のCEOステファン・イロップは、「我々は何に負けたのだろう」と自問し、次のように答えています。

 「我々の競争相手は、技術が集積されたスマートフォンではなく、完璧なビジネスエコシステムによって、我々の世界シェアは奪われたのだ」

 現在、ノキアはこの苦い経験に学び、通信インフラの領域でエコシステムを形成・強化しようとしています。アルカテル・ルーセントの買収もその一環と考えられます。

 では、日本製造業の優位性はどこにあるのか。現状を見る限り、多くの場合、部品や部材です。しかし、いかに品質が高くても、部品や部材はしょせんコモディティであり、部品・部材メーカーはコンプリメンター企業でしかありません。ですから、いまは好調でも、誰かが支配しているビジネスエコシステムに乗っかっているだけでは、新興国のライバルや他業種からの参入者に足をすくわれかねません。

 パナソニックはB2Bへのシフトを強化し、たとえば自動車部品でメジャープレーヤーになろうとしていますね。電気自動車最大手のテスラモーターズが50億ドルをかけて超巨大工場「ギガファクトリー」を建設していますが、パナソニックもここに20億ドルを投資し、技術も提供することになっています。その際、電気自動車用バッテリーという領域でキーストーン企業になるには、バッテリーの安全性を確保するコントローラーの仕様やインターフェースを標準化することで、プラットフォームを生み出す必要があります。

 新しい電気自動車用の蓄電池開発について、イーロン・マスクが「パナソニックと独占的に取り組んでいる」とツイートしたことが報じられましたが、グローバル経済の下では、ハイテクコモディティの優位性は極めて不安定で、短命です。ですから、たとえば自動車につなぐソケットの仕様――電球の二股ソケットは松下幸之助翁が開発した事業で、同社の原点ともいえます――などの「急所」を押さえられるかどうかが今後の課題といえるのではないでしょうか。これらの話はけっして他人事ではありません。ここに、多くの日本企業に共通するグローバル戦略の課題があるのです。

 まるで囲碁やオセロのようですね。ビジネスエコシステムを形成できるのか、あるいはキーストーン企業の一つになれるのかが戦略の核心である、と。

 そのためには、何らかのプラットフォームなり、模倣や代替が難しいコアコンピタンス(独自の技術や知財、プロセスやスキル)なりを持っていないと話になりません。たとえば、ソニーが狙っているのは、エンタテインメントとゲームのプラットフォームによってエコシステムを形成することですから、端末のプレイステーション、画源となるゲームや映像(音響も含む)は手放さないわけです。

 ちなみに、いまポケモンGOが世界中で話題になっており、集客を欲するチェーンストアや観光施設がコンプリメンター企業となって参加していますが、このビジネスエコシステムの統治者は誰でしょうか。グーグルからスピンアウトしたナイアンティックが考えられます。株式会社ポケモンでも、32%出資している任天堂でもありません。しかし、影の統治者は、Googleマップやストリートビューというプラットフォームを所有しているグーグルでしょう。

*第2回はこちらです


●聞き手|森 健二、岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部)
●構成・まとめ|森 健二、岩崎卓也 ●撮影|佐藤元一


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