エクスポネンシャル技術と非線形思考で21世紀の課題をすべて解決するシンギュラリティ大学の挑戦

エクスポネンシャル技術と非線形思考で
21世紀の課題をすべて解決する
シンギュラリティ大学の挑戦

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デザインには
変革を起こす力がある

 あなたはエンジニアですが、「デザイン」を非常に大切しています。デザインの語源は、「企画したことを記号化する」という意味のラテン語“designare”であり、さらに遡ると、「分離」「否定」を意味する接頭語“de”と、「印」「判」「指名」を意味する“signare”が組み合わさったもので、そこには「既存の否定」という意味を含んでいるそうです。

 おっしゃるように、デザインには、変化や創造的破壊を起こす力があると思います。実際、よいデザインは、コストや効率を改善し、未解決の問題を解決し、象徴的(シンボリック)な結果を生み出します。

 問題を解決できないデザインは、デザインとはいえないのではないでしょうか。だからこそ、デザインに取り組む際には、問題の本質を深く掘り下げ、的確な理解を導き出す必要があります。そのためには、考え方や専門分野の異なる人たちを集め、オープンに議論することが不可欠です。私の経験では、こうした相互触発的なプロセスを通じて、従来とは異なる新しいデザインソリューションが生まれてきやすい。

 さまざまな知識や経験、価値観、文化、専門分野の持ち主による異分野のコラボレーションが重要である、と。

 そうです。時にはサイエンスフィクション的な視点も織り交ぜると、議論はよりエクスポネンシャルになると思います(笑)。

 私は、日本の漫画やアニメーションが好きなのですが、大友克洋(おおともかつひろ)氏の『AKIRA』には大変感銘を受けました。また数年前、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』のアニメーションを観ましたが、内容の深さにうならされました。このシリーズには、まさしくエクスポネンシャル技術の融合が表現されています。

 また、ハイテクばかりを追いかけるのではなく、ローテクを再評価すべきです。日本の古い建築を見るにつけ、シンプルかつ美しく、その技法や木材工芸のレベルの高さにしばしば驚かされます。木材はアナログな資源ですが、エクスポネンシャルの世界ではユニークな資源になりえます。

 それにしても、伝統的な匠の技や、漫画に見られるロボット工学的なデザインなど、異質なものが渾然一体となっている日本の文化は極めて特徴的で、素晴らしい。日本の街並みにも、同じような傾向が感じられます。こうした面白いバランスがあるからこそ、独自の考え方や価値観が生まれてきたのではないでしょうか。

 ドイツ製品の話になりますが、BMWモトラッドが1973年に発表した「BMW R90S」というオートバイは、ほぼすべてを分解し、組み立てられるというモジュラー型デザインでありながら、シンプルかつエレガントなスタイリングを実現させており、いまなお称賛に値するものです。

 アメリカのデザイン、特に自動車のデザインについて言えば、従来の自動車から何も変わっていません。自動車に限らず、アメリカのデザインは全般的にありきたりで似通っており、独自性や美しさに乏しいですね。

 それでも、よいデザインの例を挙げるならば、グーグル・カーでしょうか。この車のことを「ばかげている」「小さなゴルフ・カート」などと揶揄する人たちが少なくありませんが、グーグル・カーは無害にデザインされています。

 この車は自動走行を前提にデザインされているため、運転に必要なものがことごとく排除されています。自動車を「運転する機械」と考えなかったところがユニークで、これが将来的な自動車デザインの原型となり、自動車業界全体を破壊することになるかもしれません。

 私の息子はまだ3歳ですが、グーグル・カーを見て、「いつか、僕はこれに乗るんだよね」と言っています。私の息子が大きくなる頃には、自動走行は当たり前のことになっているはずです。

 私は、この自動車の愛らしいスタイリングも評価しています。人間が機械に抱く「恐怖」という印象を塗り替えるものです。たとえば、『ターミネーター』に出てくるようなロボットだったら見ただけで怖いし、家の中に置きたくはないでしょう。洗濯なんてもってのほかです。

 冷たい機械というのがロボットのステレオタイプですが、日本の漫画に登場するロボットを見ると、受け入れる側である人間の情緒的問題にも配慮が行き届いています。その意味で、ソフトバンクの「ペッパー」に注目しています。ロボット工学における「不気味の谷現象(注3)」は、たしか日本のロボット工学者が提唱したものでしたね。

注3)東京工業大学名誉教授の森政弘氏が1970年に提唱した考え方で、ロボットの見た目や動作が人間らしくなっていくにつれて、人間はより好感的・共感的な感情を抱くようになるが、ある時点で強い嫌悪感に一変し、しばらくすると元に戻るという。

 また昨年来から、トヨタ自動車が、グーグル傘下のロボット開発会社ボストン・ダイナミクスを買収すると噂されています。ロボットにまつわるトヨタのニュースがなかなか聞こえてこなかったのですが、これで面白いことになるだろうと期待しています。

 いずれにしても、私の申し上げたいことは、デザイン次第で製品への見方や距離感が変わってくるということです。自動走行の文脈で言えば、「乗り方」ならぬ「乗らされ方」が変わってくるわけです。デザインは、人間と技術の関係に大きな影響を及ぼす重要な要素です。

 よいデザインには、変える力、新たな価値を創造する力が備わっているわけですが、その力は今後、どのような領域で発揮されていくと思われますか。

 現在ロボットに関するさまざまな実験的な取り組みが世界中で進められているわけですけれども、ロボット工学のエンジニアとして私が関心を寄せているのが、どのようにロボットを人間社会に「適合」させるのか、という問題です。性能を追求することも大切ですが、人間社会に適合できるロボットのデザインも等しく重要なのです。

 テレビやPCなどの平面スクリーンを通して人間が教えるよりも、小さなロボットが勉強を教えるほうがはるかに学力が向上する、というMITメディアラボの報告があります。これは、なかなか意味深長です。

 これまで、人間の顔を見ながら学習することが当たり前でした。ですが、「教える」という行為において、人間以上に適したロボットをデザインできるとなれば、既存の教育システムや教育ビジネスは破壊されてしまうかもしれません。

 身体障がい者の自立支援という問題とも関係しますが、最近では、ロボットアームなどのヒューマンエンハンスメント(人間強化)技術に注目しています。

 たとえば、視覚を補助・補完する技術は日々進歩しています。アイサイトという、人間とコンピュータを一体化させた視覚補助機器を開発しているスタートアップがありますが、彼らのソリューションを使えば、顔の表情を読み取ったり、身振りや手ぶり、行動などを認識したりすることが可能です。

 言わばロボットの目を備え、生来的な視覚以上の視覚が得られれば、世の中の見え方が変わってくるはずです。その意味では、グーグル・グラスも同じく従来の視覚を超える力を与える製品になるでしょう。

 現在、エクスポネンシャル技術は人間の体の内部に入り込もうとしています。ナノテクやバイオテックなどはその最たるものです。その結果、人間を超える力を身につけることが可能になるでしょう。もちろん、そうするか否かの選択は個人の自由ですが、身につけるのが当たり前の社会になっていくのではないでしょうか。

 「パソコンの父」と呼ばれるアラン・ケイは、「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」と述べていますが、シンギュラリティ大学はまさにこのことを実践しているのです。

 


●聞き手|音なぎ省一郎/岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部)
●構成・まとめ|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部) ●イラスト|モトムラタツヒコ


 

*シンギュラリティ大学 共同設立者 ピーター H. ディアマンディスの講義記事はこちらです。

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