本田宗一郎万事に “真剣な” 知的体育会系リーダー

COVER STORY

本田宗一郎
万事に “真剣な” 知的体育会系リーダー

  • 文字サイズを変更する
  • 印刷する

 アメリカ・デトロイトにあるオートモーティブ・ホール・オブ・フェイム(自動車殿堂)に、日本人として最初に殿堂入りを果たしたのが本田宗一郎である。

 私は、そこに飾られている一枚の写真の前で足が釘づけになった。それは、テストコースの路面に手をついてひざまずき、目の前を走り抜けるオートバイをじっと観察している本田の姿を写したものである。

 彼はこのように語っている。「マシンを見ていると、いろんなことがわかります。あのカーブを切るには、ああやれば、こうすればと……。そして次のマシンのことを考える。こう考えてやれば、もっととばしてくれる、などと。次の製作過程へ自然に入っているんです」

 

 

 真理は我々の周辺にいくらでもどこにでも転がっているはずである
            
本田宗一郎

 

 本田は、マシンに身も心も感情移入することで(そして理性的な分析を加味して)、新たな仮説を創造した。現場の中の現場といえるテストコースは、もっと速いマシンを生み出すための“設計室”であった。そこで新たな着想を得ると、それが正しいのかどうか、一秒でも早く確かめようと作業場に走った。

 殿堂には、私を見入らせた写真がもう一枚ある。組み立て中の自動車を背にして、本田と2人のエンジニアがしゃがみ込んでいる。本田は床にポンチ絵(構造図)を描きながら、この2人と何か話している。本田がテストコースで得たひらめき(暗黙知)を、部下たちに言葉(形式知)で説明している様子らしい。

 本田は、とにかく実践の人だった。こんな言葉がある。「人生は見たり、聞いたり、試したりの3つの知恵でまとまっているが、多くの人は“試したり”をほとんどしない。ありふれたことだが失敗と成功は裏腹になっている。みんな失敗を恐れるから成功のチャンスも少ない。やってみもせんで」

 だから、仕事にも遊びにも、そして人にも万事に“真剣”であった。真剣だから、仕事場でカッとなると、口より先に手が出てしまう。ホンダの社長を退いた後、全国各地の拠点500カ所を1年以上かけて回り、これら現場の人たちと一人残らず握手し、語り合った。機械油で汚れた手を洗おうとした人に「そのままでいいから」と言って、その手を握りしめた。

 最近、旧本田邸を見学する機会を得た。1000坪もある敷地に、川が流れている。聞いてみると、本田はそこでアユを飼っており、夏になると親しい人たちを招いて、そのアユを振る舞ったという。これも、お客を喜ばせようと、真剣に考えてのことである。

 本人に一度だけ会ったことがある。本田財団で講演した際、聴衆の一人に、よい間合いでうなずき、笑い、時に沈思し、熱心にメモを取る老人がいた。私の話をおそらく一番まっとうに受け止めてくれていた。おかげで、こちらも気持ちよくしゃべることができた。講演後、その老人がやってきて、「本田です。ありがとう」と礼を述べられた。その間、数秒。去っていく後ろ姿は、いまでも記憶に新しい。1989年6月、当時83歳。他界する2年前のことである。

 頭ではなく身体で考え、何事にも全身全霊で向き合う。分析より実践を重んじ、成功するまで諦めない。そんな知的体育会系のリーダーが、いまの日本に必要ではないだろうか。

 


●構成・まとめ|荻野進介
●イラスト|ピョートル・レスニアック
*謝辞|本イラストレーションの制作に当たっては、本田技研工業広報部にご協力いただきました。


DIAMOND Quarterly 第2号

2016年12月10日発売 定価840円(税込)

特集 デジタルの真価

『DIAMOND Quarterly』はダイヤモンド社が2016年10月に創刊した、「週刊ダイヤモンド」および「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」誌の定期購読者および、東証一部上場企業の執行役員10000名に直送する唯一無二のマネジメント誌です。「21世紀にふさわしい日本的経営を再発明する」をコンセプトに、企業経営者、アカデミズム、コンサルティングファームなど各界のスペシャリストへのインタビューや提言を掲載し、経営者のための新しい知的プラットフォームを目指します。

新着記事

一覧