企業再生を加速させた脱常識経営 3兆円強の公的資金を前倒しで完済

銀行業から
金融サービス業への転換〈1〉

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3兆円超の公的資金が注入され
実質国有化されたりそな

 2003年、公的資金の注入でりそなホールディングスは実質国有化され、その年の6月、東日本旅客鉄道の副社長だった細谷英二さんがりそなHD会長に就任し、大胆な改革に取り組みました。銀行初など、新しいサービス、施策を積極的に推し進めましたが、りそなの変革はさらに加速しますか。

 カネ余りの時代、資金を提供するビジネスだけでは付加価値を生みません。銀行を並ばせて、低い金利を出したところと取引をする、お客様と銀行はそれだけの関係になってしまう。いま、付加価値を提供できるビジネスモデルかどうか、本当の実力が試されています。我々がお金を貸すこと以外に、何を提供できるかが問われているのです。

 細谷がりそなにやってきて、自分たちの業務を定義し直しました。みずからを銀行と呼ばず、金融サービス業と呼び、サービス業という観点で、発想を変えないと生き残れないと。まだまだ道半ばですが、お客様の要望、期待がすべてのベースになっています。

 細谷改革がどういうものであったのか、変革を志す企業の参考になるので、2000年初頭のりそな銀行の経営危機とその後の対応についてお伺いしたい。2003年、1兆9600億円の公的資金の注入で実質国有化されましたが、その原因は何ですか。

 いくつか要因があったと思いますが、体力以上の大口の融資を行い、バブル崩壊で不良債権化してしまった。それにガバナンスの問題があり、チェック機能が甘くなっていた。

大企業取引などホールセールでの過剰な融資、与信の機能不全による不良債権の増大といった反省から、個人や中小企業を中心としたリテール重視に舵を切り、ガバナンスも2003年6月、指名委員会等設置会社に移行しました。取締役10人のうち6人が社外取締役で、それも銀行業界と関係のないメーカーや流通業などの経営者に就任してもらい、いまでもマジョリティを社外取締役が占めています。

 銀行は社内の論理に陥ってしまいがちですが、銀行の論理を知らない人の意見を聞くと、正気に戻る。一般常識から見て、その判断が妥当なのか、大丈夫なのかと問いかけられ、チェックされます。以前はそこまで厳しいチェック、議論は行われていなかったのではと思います。

 経営危機に直面した2003年当時、東さんはどのような立場でしたか。

 火中のど真ん中にいました。企画部副部長という立場で対応に追われており、多忙で記憶が飛んでいる部分もあります。5月30日の新経営陣を発表する記者会見当日の朝まで、経営トップに細谷が就任することを知らなかった。記者会見用の想定問答集を準備し企画部長が持っていくと、細谷はいらないと断ったそうです。自分の思いや覚悟を自分の言葉で話そうとしたのだと思います。会見場で新経営陣の後ろにいましたが、細谷が第一声を発した瞬間そのアクセントで、この人は九州人だなと思ったことを記憶しています。ちなみに細谷は熊本、私は福岡出身です。

 公的資金の額が想像以上だったので、国の本気度を感じました。銀行の経営が不安定になると取引先企業や個人のお客様に甚大な影響を与えてしまうことを痛感しました。巨額な公的資金を投入したのは、我々を救済するのではなく、お客様を助けるためなのだと強く意識しました。

 7月に財務部長に任ぜられましたが、前身の大和銀行とあさひ銀行(埼玉銀行と協和銀行が統合)に投入されていた公的資金と合わせ、3兆1280億円をどう返済していけばいいのか、「人間(じんかん)到る処青山あり」というのが私のモットーですが、途方に暮れました。だが、どう立て直すかに全力を注ぎ、諦めることは考えませんでした。 

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